美智子パンピアン永眠

美智子パンピアン

私の親愛なる美智子パンピアンさん(佐世保出身・平和活動家・音楽家)が、4月9日亡くなった。アメリカ・シアトル在住54歳。※写真は、2008年6月24日美智子さんが佐世保に来た時の写真です。これが美智子さんとの最後の写真となった。ご冥福をお祈り申し上げます。

最初の出会いは、15年ほど前になります。佐世保市の観光テレビコマーシャルの提案に美智子さんの楽曲をお借りしたのが始まりです。この企画は佐世保市に採用されCMはテレビ放映されました。このときのご縁から彼女が主催するWPPCの平和プロジェクトの日本での広報担当を任され一緒に活動をしました。吉永小百合さんとの出逢いもこのときです。

以下掲載記事抜粋

イサクア在住のシンガーソングライターで平和活動家の美智子・パンピアンさんが、今月9日正午ごろ、死去した。

14歳から音楽に携わっていたパンピアンさんは、1981年に渡米し、音楽学校で声楽と作曲を習得、第1子の出産後にリリースした 『Let’s Blow The Bubbles』 という子供の歌を綴ったアルバムで1993年の 『Parent’s Choice Gold Award』 を受賞。1995年にリリースした 『Sadako and the Thousand Paper Cranes ‘95』 は、同年に開催された広島平和集会のテーマソングにもなった。それ以後は 『World Peace Project for Children』 の主催者として、平和活動を続けていた。

告別式は、4月18日午前10時からイサクア市のブレイクリー・ホール・コミュニティ・センターで。喪主は夫ミッチェル・パンピアン氏。